読了

小熊英二・上野陽子『<癒し>のナショナリズム慶應義塾大学出版会(2003) ISBN:476640999X
副題は「草の根保守運動の実証研究」。保守運動に限らず、市民が主体となる運動の分析は、少なくとも日本語ではそれほど多くない。本書は、「新しい教科書をつくる会」を分析の対象としたもの。
本書の中心は、上野の卒業論文である。小熊は、上野の卒論だけで出版しようとしたそうだが、やはりそれは無理だろう。残念ながら、上野の文章は卒論の域を出ていない。もちろん、「つくる会」を対象に参与観察という手法で実証研究を試みたことそれ自体に大きな価値がある。だが、論文としては、本人も認めているように不十分だ。だが、世の中には学術論文のふりをしながら、実質的に卒業論文以下としかいえないものもないわけではない。それを思えば、卒業論文レベルを保った上野の実力は認めるべきだろう。
若干気になったのは、小熊の視点が、実証研究に不用意な影響を与えているおそれである。質的研究に視点が欠かせないことは当然としても、小熊の枠組みに傾きすぎている気がしないでもない。そこが卒論レベルの限界なのかもしれない。
読もう読もうと思って、長く積読だった。ちょっと時期はずれになってしまったが、それでも楽しめた。