読了

竹内一郎人は見た目が9割新潮新書(2005) ISBN:4106101378
題名と宣伝によるベストセラー。アマゾンのカスタマーレビューを見ると、酷評が非常に多い。それは、題名・宣伝と中身とのギャップから、裏切られたと感じるからだろう。もちろん、後述のように、この題名は中身と反するものではないともいえる。だが、この題名から直感的に受ける印象と中身の印象は異なると感じる人が多いことは否めないと思われる。
出版社の戦略としてみれば、どう評価すべきなのか。この本だけを見れば、大成功をおさめたといってよい。しかし、読者もそんなに馬鹿ではあるまい。新潮新書が同じような戦略を繰り返せば、逆に至極まっとうな題名をつけていても、誰も信用しなくなるのではなかろうか。また、そもそも読者のなかには、出版社がどこであるかを気にしない人もいるだろう。だとすれば、新書全体の危機を招くかもしれない。悪貨は良貨を駆逐する結果にならないか。それが一番心配である。
新書の位置づけというものは、昔と比べると全く変わってしまった。いまや新書は濫造されているといってもよいだろう。個人的には昔ながらの新書が懐かしい。しかし、出版社だって慈善活動をしているわけではない。売れなければ事業としてやっていけないのである。これも仕方がないのだろうが、一時期とは隔世の感がある。
さて、内容について。これはよくある心理学系ハウツー本のひとつといってよいだろう。見た目からどのような印象を受けるのかということについて論じた本であり、そう考えれば題名も内容と乖離しているわけではない。だが、多くの読者がこの題名から期待したものは、きっと別のものだったのだろう。少なくとも、心理学系ハウツー本の題名としては似つかわしくない。『見た目の心理術』みたいな題名ではたぶんこんなに売れない。
心理学系ハウツー本としてみると、本書の特徴は、舞台演出・漫画原作者としての経験である。管見のかぎり、これらの経験に基づいたハウツー本はないと思う。漫画にしろ舞台にしろ、「見た目」を特に重視する分野なのだから、この手のハウツー本において、格好の事例を提供していると思われる。心理学系ハウツー本としては、たぶんごくありふれた内容だろうが、舞台・漫画の経験がこの本をうまく味付けしている。
ところで、この著者はやたらと段落分けをする。そこにはあまり統一性が感じられない。深みがないという感想もきかれるが、その最大の原因は段落分けの多さなのではないか。また、カギカッコもやたらと多用しているが、何のためにカギカッコを使っているのか、よくわからないところも多い。段落分けにしろ、カギカッコにしろ、実はそのときの気分で書いているのではないかと勘ぐりたくなる。実際、著者はあとがきで、「文学好きの人が、「この作家は何故この言葉を選んだのか―」などとこだわると、「そんなに難しく考えて書いてないかも知れないですよ」とハスに構えたくなる」と述べているのだから、やっぱり何も考えてないのかもしれない。ざっと流して言いたことをまとめたというのが真相か。
ハウツー本としては、それなりによくできた本ではないかと思う。だが、はたしてベストセラーたるべき本だったのか。「見た目」の与える心理的影響の重要性を訴えた本が、自らそれを実践したところは賞賛に値する。だが、長い目で見たとき、はたして手放しで賞賛できるのか。そう思うと、暗澹たる気分になる。